【画像58枚】リーアムニーソンの妻ナターシャリチャードソンとの現在は?馴れ初めから結婚までを徹底調査‼愛妻の死亡説は本当なの?

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リーアム・ニーソンの妻ナターシャ・リチャードソンとの現在は?

”最強の親父””イケオジ”として人気の俳優リーアム・ニーソン。

俳優リーアム・ニーソン
俳優リーアム・ニーソン

リーアム・ニーソン
Liam Neeson
・本名 ウィリアム・ジョン・ニーソン
・生年月日 1952年6月7日(71歳)
・出身地 北アイルランド
・職業 俳優
・身長 193㎝
・配偶者 ナターシャ・リチャードソン(1994年~2009年)

そんな彼の現在の妻は、父親が映画監督兼プロデューサーのトニー・リチャードソン、母親が女優ヴァネッサ・レッドグレーブの娘である「ナターシャ・リチャードソン」です。

リーアム・ニーソンの妻ナターシャ
リーアム・ニーソンの妻ナターシャ

ナターシャ・リチャードソン
Natasha Richardson
・本名 ナターシャ・ジェーン・リチャードソン
・生年月日 1963年5月11日(45歳没)
・出身地 ロンドン
・職業 女優
・身長 175㎝
・配偶者 ロバート・フォックス(1990年~1992年)
     リーアム・ニーソン(1994年~2009年)

妻のナターシャの母方にあたるレッドグレーブ家は、5世代にわたるイギリス俳優王朝という名家。

なかでも著名なのは妻ナターシャの実母であるヴァネッサ・レッドグレーブで数々の賞を受賞した名女優です。

リーアム・ニーソンの妻であるナターシャ自身もイギリス出身の女優であり、祖父母と実の妹も俳優という名俳優一家の長女です。

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リーアム・ニーソンの妻の死亡説は本当なの?

2009年3月18日、妻ナターシャ・リチャードソンは45歳という若さで家族と友人に看取られながらこの世を去りました。

その2日前の2009年3月16日の朝、悲劇は突然起こってしまったのです。

妻のナターシャと息子マイケルとダニエル
妻のナターシャと息子マイケルとダニエル

この日妻ナターシャは、カナダのケベック州モントブランのスキーリゾートでリーアム・ニーソンとの息子であるマイケルとダニエル(当時13歳と12歳)と一緒に、スキーのプライベートレッスンを受けていました。

その日の午後12時43分、妻ナターシャはレッスン中に緩やかな斜面である初心者用のゲレンデで転倒し、凍って固くなっている地面に頭部を強打してしまいました。

その時、妻ナターシャはヘルメットなどの防具は装着していませんでした。

午後1時には救急車が到着し、駆け付けたスキーパトロール隊により妻ナターシャはそりで山の麓から診療所まで運ばれました。

当初は冗談を言えるほど元気で変わった様子も見られませんでしたが、念のために医師の診察を受けるようスキーパトロール隊は妻ナターシャに勧めました。

でも彼女は笑って「大丈夫よ」と言い、午後1時10分には病院の免除書類にサインをしたので、駆け付けた救急車も帰っていきました。

その後彼女はスキーのインストラクターと共にホテルまで歩いて帰り、午後1時30分には自分の部屋に戻りました。

部屋に戻った妻ナターシャは、トロントで映画「クロエ」の撮影中だった夫リーアム・ニーソンに電話で「ああ、ダーリン。雪の中で転んでしまったのよ」と軽く話したそうです。

ところが午後2時59分頃、救急隊員へ2度目の救助要請の連絡が入り10分後には救急車がホテルに到着。

妻ナターシャは意識はあったものの頭痛を訴え、症状を重く見た救急隊員は急いでサント・アガートのローレンティエン病院センターの血液内科に電話し救急搬送されました。

救急搬送された妻ナターシャは、酸素吸入により呼吸はできたものの急激に意識レベルが低下したため搬送された病院では手に負えず、午後6時直前に別の救急車に乗せられさらに135㎞以上も離れたモントリオールの外傷センターへ搬送されることになりました。

その頃にはトロントで撮影中だったリーアム・ニーソンも妻の深刻な容態を知らせる電話を受け、急いで搬送先のディケンジア病院へと駆け付けました。

ところが、現場が混乱していたためか誰も彼のことに気づかず妻のナターシャが救急治療室で処置を受けていることをすぐには教えてもらえなかったそうです。

心配でウロウロするしかなかったリーアム・ニーソンは、たまたまそこにいた親切な看護師から教えてもらい裏口からやっと案内してもらうことができたそうです。

そこには、すでに生命維持装置に繋がれた妻ナターシャの姿がありました。

医者の話によると彼女の転倒は最初は軽度に見えたかもしれないが、受けた頭部の損傷は治療が間に合わなければ致命傷ともなりうる硬膜外血腫で、彼女がすでに脳死状態であるという悲惨な事実を告げられたのです。

妻ナターシャの押しつぶされてしまっている脳のX線写真を見つめながら、リーアム・ニーソンはかつて妻と交わしたある約束を思い出していました。

その約束とは”お互いもし最悪の事態に陥った時には生命維持装置を外す”というものでした。

妻ナターシャが生命維持装置の沢山のチューブに繋がれている姿を見て、すぐにこう思ったといいます。”ああ、あのチューブを外してあげなきゃ”と。

リーアム・ニーソンは妻ナターシャの傍へ行き、「愛しているよ、ダーリン。君はもう回復できないんだ。頭を打ってしまったんだよ」と伝えたそうです。

その後、リーアムニーソンと暮らしていたニューヨークに飛行機で運ばれ、マンハッタンにあるレノックス・ヒル病院へ入院しましたが、すぐには生命維持装置は外さず家族や親戚、友人たちとのお別れの時間が設けられました。

そして2009年3月18日、生命維持装置が外され家族や親戚など愛する人たちに見守られながら、45歳という若さで天に召されました。

妻ナターシャの葬儀で気丈に振る舞うリーアム・ニーソン(当時56歳)
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リーアム・ニーソンの妻との馴れ初めは「007」のボンド役で婚約破棄がきっかけ?

二人の馴れ初め

妻ナターシャとは、1993年のブロードウェイの舞台「アンナ・クリスティ」の仕事の中で出会い、リーアム・ニーソンの一目惚れで始まりました。

舞台「アンナ・クリスティ」

ブロードウェイでナターシャ見た時、「彼女は輝くような美しさだった。長く垂れた髪を今でも覚えています。本当にとても魅力的でした。」とのちのインタビューでリーアム・ニーソンは語っています。

ですが、その当時ナターシャには演劇プロデューサーであるロバート・フォックスという「夫」がいました。

ただ、彼との相性はあまり良くなく結婚生活も終わりを迎えようとしていました。

元夫ロバートとナターシャ
元夫ロバートとナターシャ

そんな時にリーアム・ニーソンと出会い「タイミングが悪かった」という彼女もまた、「明らかに私は彼のことが大好きになっていました」とのちのニューヨーク・デイリー・ニュースのインタビューで語っていたそうです。

舞台の仕事が終了するとともに、夫であったロバート・フォックスとの結婚生活にピリオドを打ったナターシャは、この当時のことを「明らかに私は彼(リーアム・ニーソン)と恋に落ちていました」とのちのインタビューで語りました。

その後、リーアム・ニーソンからの誕生日カードをナターシャが受け取ったことで二人は急接近。

リーアム・ニーソンが1993年の『シンドラーのリスト』の撮影中にナターシャがポーランドへ飛び、二人の交際がスタートしたのでした。

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「007」のボンド役で婚約破棄⁉

若き日のリアムとナターシャ

そんな順調な交際を続けていた二人にある転機が訪れます。

それは、今は映画「007」のメインプロデューサーであるバーバラ・ブロコッリから数回にわたり、リーアム・ニーソンのもとに電話がかかってきたのです。

当時の次回作であった1995年の「007シリーズ ゴールデンアイ」のジェームズ・ボンド役の候補の中に、リーアム・ニーソンの名前もあがっていたからでした。

リーアム・ニーソンはこの役に対して興味を持ってはいましたが、「オファーがあっても受けることはなかった」とのちに語っています。

なぜなら、婚約者となっていたナターシャから言われたキツイ言葉があったからです。

当時リーアム・ニーソンとナターシャはサウスカロライナで一緒に映画の撮影の仕事をしていました。

リーアム・ニーソンのもとに「007」のジェームズ・ボンド役のオファーの話が舞い込むかもしれないと察知した彼女は、まるでジェームズ・ボンドの最後通告さながらに彼にこう言いました。

「ダーリン。あなたにジェームズ・ボンド役のオファーが来てそれを演じるつもりでいるなら、私と結婚するつもりはないということよ」と。

ナターシャと結婚したかったリーアム・ニーソンは、この一件でボンド役のオファーが来ても受けることはありませんでした。

それ以来、「彼女と口ケンカになったりすると僕は手を銃に見立て構えながら007のテーマソングを口ずさんで彼女の背後に回り込む…なんてことをふざけてするのが好きだったんだ」とインタビュー内で答えています。

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2人の結婚式、夜のパーティでナターシャが夫にサプライズ!

リアムとナターシャの結婚式
リアムとナターシャの結婚式

米国に戻ると、二人はニューヨーク州北部にある農家を購入し、1994年7月にその農家の敷地内で結婚式をあげました。

2人の結婚式の後、さあ夜のパーティを始めよう!という時に突然ナターシャがマイクを握りヴァン・モリソンのウェディングソング「クレイジー・ラブ」というとてもロマンチックな曲をリーアム・ニーソンに歌ってくれたそうです。

のちにナターシャは「私はこの歌を披露するために、こっそり陰で歌のレッスンを受けていました」と語っています。

何も知らなかったリーアム・ニーソンはとても驚き「すごい‼」と感激したそうです。

結婚生活も仕事も順風満帆で、その約半年後の1994年12月、新婚夫婦の最初の共演映画『ネル』が劇場公開されました。

映画「ネル」のワンシーン
妊娠中のナターシャ
妊娠中のナターシャ

そして1995年6月、二人にとって初めての子供である息子の長男マイケルが誕生し、翌年1996年8月には次男のダニエルが生まれ、愛情にあふれた幸せな日々が続きました。

現在大人になった長男のマイケル・リチャードソン(現在27歳)は、母の人生に敬意を表して母親の姓リチャードソンを名乗り俳優としてのキャリアをスタートさせています。

次男のダニエル・ニーソン(現在26歳)はファッションデザイナー兼起業家となりました。

2016年、リーアム・ニーソンはSNSの投稿でナターシャを偲び、「世界で最もつらいことは、愛する人を失うことだと言われる。彼女の夫として過ごした16年間が、私に無条件で愛する喜びを教えてくれた。妻は突然亡くなった。彼女は私に大きな喜びをもたらしてくれた。彼女は私のすべてだった」と書きました。

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女優ナターシャ・リチャードソンをもう一度

女優ナターシャ・ジェーン・リチャードソン

女優ナターシャ・リチャードソンを、彼女が出演した作品と共にプレイバックしてみましょう!

ナターシャが出演している作品は、日本に入ってきている作品自体が少なく映画より舞台を中心に活躍していたようです。

幼い頃、父親トニー・リチャードソンの監督した映画「遥かなる戦場」(1968)などに端役で出演しています。

若いころのナターシャ
若いころのナターシャ

ロンドンの演劇学校を卒業し、1983年に本格的に映画デビューを果たしました。

1986年 映画「ゴシック」 メアリー・シェリー役

1987年 映画「ひと月の夏」のナターシャ
1987年 映画「ひと月の夏」のナターシャ

1987年 映画「ひと月の夏」 アリス役

1988年 映画「テロリズムの夜/パティ・ハースト誘拐事件」 パティ・ハースト役

1989年 映画「シャドー・メーカーズ」のナターシャ
1989年 映画「シャドー・メーカーズ」のナターシャ

1989年 映画「シャドー・メーカーズ」 ジーン・タトロック役

1990年 映画「迷宮のヴェニス」 メアリー役

1990年 映画「侍女の物語」のナターシャ

1990年 映画「侍女の物語」 ケイト/オフレッド役

1991年 美女と時計とアブナイお願い シビル役

1992年 映画「ミッドナイト25時/殺しの訪問者」のナターシャ

1992年 映画「ミッドナイト25時/殺しの訪問者」 ローラ・マシューズ役

1994年 映画「ネル」で共演するナターシャとリーアム・ニーソン

1994年 映画「ネル」で妻ナターシャとリーアム・ニーソン、結婚後初共演をしました!  ポーラ・オルセン役

1998年「キャバレー」ではトニー賞のミュージカル主演女優賞を見事に獲得しました。

1998年 映画「ファミリー・ゲーム/双子の天使」のナターシャ

1998年 映画「ファミリー・ゲーム/双子の天使」 エリザベス・ジェームズ役

2001年 「ヘイブン 安住の地を求めて」

2001年 映画「シャンプー台の向こうに」のナターシャ

2001年 映画「シャンプー台の向こうに」 シェリー・アレン役

2001年 映画「チェルシーホテル」 メアリー役

2002年 映画「メイド・イン・マンハッタン」のナターシャ

2002年 映画「メイド・イン・マンハッタン」 キャロライン役

2005年 映画「アサイラム/閉鎖病棟」 ステラ役

2005年 映画「上海の伯爵夫人」のナターシャ

2005年 映画「上海の伯爵夫人」 ソフィア・ベリンスカヤ伯爵夫人役

2007年 映画「いつか眠りにつく前に」のナターシャ

2007年 映画「いつか眠りにつく前に」 コンスタンス・ロード役

この映画では実母ヴァネッサと母娘の役で共演を果たしました。

この時ナターシャは、「これがママと最後の共演よ」とコメントしたしていましたが、それがこのような形で最後になるとは誰も予想もしなかったことでしょう。

2008年 映画「ワイルド・ガール」のナターシャ

2008年 映画「ワイルド・ガール」 

女優として、妻として、母として輝いたナターシャ・リチャードソン。

心からご冥福をお祈りいたします。

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リーアム・ニーソンの恋愛歴と結婚歴

リーアム・ニーソンの恋愛歴と結婚歴を噂も含め調査しました。

元恋人①ヘレン・ミレン(1980年~1985年頃)リアム28歳~32歳頃

1980年~1985年頃 まず最初に挙げられるのはこちらの大物女優。

女優ヘレン・ミレン

リーアム・ニーソンより7歳年上の現在77歳の彼女ですが、変わらずとてもキレイです。

以前リーアム・ニーソンとヘレンは海外のTV番組「グレアム・ノートン・ショー」に二人そろって出演。

4年間同棲していたことを二人とも認め、リーアム・ニーソンはヘレンを初めて見たときのエピソードを司会者に話しました。

その話を聞いたヘレンは「それは全く知らなかったわ!そんなこと教えてくれなかったじゃないの!最高の話ね」と驚きながらも微笑んでいたそうです。

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元恋人②ジュリア・ロバーツ(1988年~1990年)リアム36歳~38歳頃

無名時代のジュリア・ロバーツと同棲

16歳の歳の差を超えて交際をしていたこの二人。

ジュリア・ロバーツが無名時代の頃に同棲していたことを2016年のイギリス雑誌のインタビューでリーアム・ニーソン自身が認めています。

リーアム・ニーソンが主役を務めた映画「サティスファクション」にジュリアが配役されたのが出会いだそうです。

撮影中に早くもリーアム・ニーソンが住んでいる家にジュリア・ロバーツが引っ越してきて同棲が始まったそうですが、間もなくして映画「プリティ・ウーマン』で一躍有名女優となった彼女とは立場が逆転したことで破局を迎えてしまいました。

噂によると当時、ジュリア・ロバーツ映画「マグノリアの花たち」で共演した俳優ディラン・マクダーモットの元へ走ったのが破局の原因らしいのですが、リーアム・ニーソンはひどく傷ついてしまったようです。

こちらの記事でもリーアム・ニーソンとジュリア・ロバーツについてふれていますのでご覧ください。

他にも噂になった女性は数知れず、ミュージシャンのシンニード・オコナー、歌手であり女優のバーバラ・ストライサンドとも噂になりました。

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元恋人③ブルック・シールズ(1992年)リアム40歳頃?

リーアム・ニーソンとブルック・シールズ

リーアムニーソンが妻ナターシャと付き合う少し前に、ブルック・シールズとも短期間付き合っていたということを、ブルック・シールズの自伝書の中で彼女が告白しています。

3か月間ほどの交際期間だったようですが、いったん別れたあとリーアム・ニーソンはまた彼女の前に現れ、指輪はなかったのですが彼女に「結婚してください」と熱烈にプロポーズをしたそうです。

でもブルック・シールズは「あなたは次に出会う人と結婚するわよ」とやんわりと断ったということです。

ただ、偶然なのか必然なのか、その言葉はまるで予言のように見事に的中してしまったようです。

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④ナターシャ・リチャードソン(1994年~2009年)リアム42歳~57歳

リーアム・ニーソンの中では、やはり彼女こそ人生の最高のパートナーだったようです。

調べれば調べるほど、彼女と過ごした結婚生活の16年間がどれほど幸せなものだったのか、もちろん浮気や浮いた噂などなく家庭と家族を優先し、彼女の大きな愛に包まれ自分と家族のために尽くしてくれた彼女にリーアム・ニーソン自身も深い愛を注いでいました。

それだけに、彼女が突然この世を去ったショックの大きさ、二人の幼い息子を抱え、妻の死から立ち直るために懸命に子育てをしながら生きてきた彼ら家族の様子を、きっと妻ナターシャは見守っていることでしょう。

その後も、リーアム・ニーソンの恋の噂は何度となくありました。

女優クリステン・スチュワートと噂に⁈

一時はリーアム・ニーソンの「信じられないほど有名な人と付き合っている」発言で、36歳も歳の差がある女優クリステン・スチュワートとの噂が流れましたが、結局なんの根拠もない噂であることが分かり立ち消えとなりました。

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元恋人⑤フレイヤ・セント・ジョンストン(2010年~2012年)リアム58歳~60歳

リーアム・ニーソンとフレイヤ・セント・ジョンストン

妻ナターシャの死の1年後2010年8月頃から、イギリス人実業家のフレイヤ・セント・ジョンストンと2012年10月ころまでの2年間交際をしていたようです。

彼女も2児の母親です。

噂によると、フレイヤはリーアム・ニーソンとの結婚を考えていたそうですが、やはりリーアム・ニーソンも彼の息子たちもまだナターシャが亡くなったという事実から完全には立ち直れてはおらず、2年間の交際後破局を迎えました。

これ以降、長期的に交際するような決定的なお相手や噂はないようです。

最愛の妻であったナターシャの死後、彼女との16年間の結婚生活の想い出が夜中になると突然押し寄せてきて気持ちがたかぶることが続き、そんな夜は外を歩きに行っていた頃もあるそうです。

ニューヨークの自宅でもそんな寂しさを感じる日々の中、ドアが開く音がすれば、ナターシャが帰ってきてくれたのではないかとさえ思っていたこともあったといいます。

リーアム・ニーソンはオーストラリアの朝の番組である「サンライズ」で、2022年の映画「ブラックライト」の撮影中に「恋に落ちた」と語りましたが、それがどういう意味なのか、その真相は定かではありません。

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リーアム・ニーソンの結婚から馴れ初めまで、妻ナターシャの死、恋愛歴と結婚歴を調査しました。

妻ナターシャの死から14年の月日が流れましたが、未だ新しいパートナーを迎えていないリーアム・ニーソン。

二人の息子も立派な大人となり、男手一つで育て上げた彼と息子たちの様子をきっと妻ナターシャは温かく見守っていることでしょう。

彼の妻ナターシャに対する深い愛は、この先もずっと途切れることなく続いていくのだと思います。

そんな今後のリーアム・ニーソンのさらなる活躍を楽しみに、また映画のスクリーンでタフでかっこ良く、頼りになる”戦う最強の親父”の姿を観れるよう今後の活躍にも期待したいと思います。

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